2006年09月16日

歴史と言葉

自民党の加藤紘一氏の実家が放火された事件は記憶に新しいです。
逮捕された犯人は、文藝春秋八月号での加藤氏の発言を
放火の動機に挙げたそうです(警察発表)。
文藝春秋八月号では靖国参拝についての対談特集があり、
上坂冬子氏の連続対談相手の一人が加藤氏でした。

私もその記事は読んでいたのですが、
発言内容は特に過激なところもなく、
靖国参拝反対派としては普通の内容でした。
また、少し意外にも思ったのですが、
加藤氏自身は中韓に対する謝罪はもう不要であると明言していました。

謝罪はもう充分です。
 ただ、謝罪するだけではなく、その後、
 しばらくは忍耐強く静かに時間を過ごすことも大切なんです。
」(P141)

加藤氏の記事のすぐ後には
靖国参拝を続けている古賀誠氏の記事です。
その後には靖国神社の前宮司である湯澤貞氏、
そして福田和也氏の記事と続いています。

確かにこの流れだと、見ようによっては
加藤氏の発言は浮いているかもしれません。
私は靖国参拝賛成派なので加藤氏とは意見が違いますが、
それでも、実家を放火したろうなんて
考えるまでには及びません(当然ですが

過去の歴史がしばしば未来の指標となることを考えれば、
歴史を知ること、厳然たる資料・ファクトに基づく
徹底した解釈の追究は不可欠です。

そして、日本のように自国の伝統や歴史について
自分の意見を持たないことが美徳であるような風潮が強い社会では、
義務教育の教科書が唯一の歴史の入り口となり、
ともすればそのまま出口になる人もいます。

歴史観や伝統観は人それぞれ、上坂氏の言葉を借りるなら
「人間の集団に溝はつきもの」です。
反対意見に遭遇しない人生などありません。

どうしても許せない反対意見に出くわしたなら、
全身全霊を持って自分の意見に説得力を持たせるべきです。言葉で。
放火や暗殺などは大きな流れに何の影響もないノン・イヴェントです。
やはり言葉、それも力強く説得力に充ち満ちた言葉こそが、
大きな流れを生み出します。

「放火してやろう」「誘拐したろ」なんて考える人など少数でしょうが、
それでも、もしそんなことを考えている人が周りにいるなら、
言葉という手段を選ぶよう説得してあげてくださいね。
posted by rekishi at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 東アジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月10日

伝統。

ずっと日本にいるとなかなか気付かないのですが、
海外だと自国の歴史について考えるのが当たり前なんですよね。
たとえ教育を受けることができずドロップアウトしちゃった人でも
自分の頭で自分なりに考える作業をしています。
日本のように「え、私知らないから歴史」だとか
「ああ、俺世界史選択だったから」なんてことを海外で口にすると
おそらく「|d」゜▽゚ノ」」はぁ? 」というリアクションを示されるでしょう。
日本だと当たり前になってしまっている状況は、
やはり外から見ないと気付かないです。出羽守を気取るわけではないですが。

さて、このたび、東京と神奈川、そして埼玉、千葉の教育長が
文部科学大臣に「高校での日本史必修化」要望書を提出する見込みです。

大賛成です。教育長たち、そしてそもそも彼らの世代から見れば
私たちの世代に欠けているものに危機感を抱いたのでしょう。
現場の教師ならなおさらでしょう。

英語ブームなのに自国のことについて何ら喋ることができない人たち。
国際人って何なんでしょう。

そんなこんなを考えるブログにしたいです。
どうぞよろしく!
posted by rekishi at 17:55| Comment(0) | TrackBack(4) | 日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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